記念日クイズ!10月13日はな~んの日?

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1、10月13日「さつまいもの日」って?

埼玉県川越市の市民団体「川越いもの友の会」が定めた記念日です。

「川越いも」には、江戸時代から「栗より美味い十三里(=さつまいも)」というキャッチコピーがありました。「栗(九里)より(四里)美味い」で、「九里+四里=十三里=さつまいも!」という洒落なのだとか。さつまいもの産地川越が、江戸から十三里離れた所にあったから、という説も。

さつまいもの旬の10月、さつまいもを表す「十三里」の13、合わせて「10月13日」という訳ですね。

2、日本にさつまいもが広まったきっかけは?

「徳川吉宗の命を受け、甘藷(さつまいも)の栽培に成功した人物は誰ですか?」

さぁて、分かりましたでしょうか?子供の歴史テストに出た問題ですが、答えは「青木昆陽」。甘藷先生と呼ばれていた蘭学者です。ここに、さつまいもが日本中に広まったルーツがありそうですね。

「薩摩芋」と書かれるように、さつまいもは東南アジア経由で、琉球、薩摩などを通るルートで西日本へ広まりました。荒れ地でも良く育ち、栄養価も高いことから、飢饉対策として注目したのが青木昆陽だったのです。正式に幕府の命を受け、寒い関東の地での栽培に成功したことが、江戸、引いては日本中に広まるきっかけになったのです。一大国家プロジェクトですね。

事実、さつまいものお陰で、天明の飢饉以降、多くの人々の命が飢えから救われたと言われています。

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3、飢えをしのぐ食材から王道スイーツへ

徳川吉宗から3代下り徳川家斉の頃、江戸にも、焼き芋屋が登場しました。飢饉用ではなく、おやつとしても普及し始めたのです。当時は、京都の焼き芋屋さんに倣って「八里半」と呼んでいたそうです。「栗(九里)には少し及ばないけれど…」と謙遜しての「八里半」。

でも、そこは負けず嫌いの江戸っ子。先ほどの「栗より美味い十三里」の名キャッチコピーを生み出し、それが大ウケ。現在まで継承されているのを見れば、さつまいもが、いかに愛され続けてきたかが分かりますね。

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まとめ

「さつまいもの日」の由来を紐解いて見ると、さつまいもの歴史が見えてきました。人々のお腹を満たす役目から、今や心も満たしてくれる王道スイーツに。「さつまいもの日」には、栗より何十里(!!)も甘~くなったさつまいもを是非どうぞ。

 

参考資料:

総務省統計局『今日は何の日?-さつまいもの日(なるほど統計学園)』

『八百屋さんが書いた野菜の本』前田信之助 三水社.

 

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